「ねぇ阿伏兎ー」
「何だ」


背中側から気だるい声が飛んできた。
阿伏兎は体を机に向けたまま振り向くことはせず、声の主に返事をする。
するとすぐにまた、気だるい声。


「超暇なんだけど」
「……そーかい。だが残念ながらおじさんは仕事で忙しいんだ。後にしてくれ」


少し間があってから、阿伏兎は再び返事をした。
声の主、はその返事を聞いておとなしく黙る。
そして、阿伏兎の広い背中に自分の背中を預けた状態から、更に頭もコツンと阿伏兎の背中に預けた。

は、チクタク動く時計の秒針をしばらく横目で見つめながら、阿伏兎が先程から熱心に動かしているペンの音を聞いていた。
そして深く息を吸い込むと、再び阿伏兎の名を呼んだ。


「阿伏兎ー」
「何だ」
「超暇なんだけど」
「それさっき聞いた」


さらりと、の言うことを流した阿伏兎は、尚も机の上の紙束に夢中で。
そんな阿伏兎の反応に、はぷぅっと頬を膨らませたものの、暫くの間おとなしく阿伏兎を待った。……暫く。


「ねぇー阿伏兎、暇ー」
「だから俺は暇じゃねぇって……何してんだ?」
「暇だから」


は立ち上がると、後ろから阿伏兎の首に腕を回して抱きつき、もたれ掛かった。


「……そーかい」
「ねーえーひーまー」
「あーおい、揺らすんじゃねぇよっ」


ゆさゆさとが阿伏兎を揺らす。
同時に紙の上でペン先も揺れ、ろくに文字も書けやしない。


「構えよ!」
「なんで命令口調?!仕事なんだから仕方ねーだろうが!」


声を荒あげるに対し、阿伏兎もつられて声を張り上げる。


「恋人と仕事、どっちが大事なんだよっ」


はひょっこりと阿伏兎の顔を覗き込む。
その声は妙に明るくて、ふざけ半分である事が読み取れる。
阿伏兎は若干早口で返した。


「んなの、恋人のお前さんのが大事に決まってんだろーが」


暫し、沈黙が流れる。
そしてそれを先に破ったのは、の方だ。


「な……何それ恥ずかしい!」
「俺のが恥ずかしいわ!」


2人して顔を赤くして睨み合う。
しかし直ぐには折れたのか、机と阿伏兎の間に入り込んだ。
胡座をかいている阿伏兎の足の真ん中にちょこんと座って、その身を預ける。そして、そのままの体制で阿伏兎を見上げると、言った。


「私寝るから、起きるまでに終わらせておいてね」
「寝るならこんなとこじゃなくて布団で寝「おやすみ」おい!」


一方的で勝手なの言動に、初めはぶつぶつ文句を言っていた阿伏兎だったが、やがてが穏やかな寝息を立て始めると自分の着ていた上着を掛けてやる。
阿伏兎は1人、手を動かす。静かになった部屋の中、の温もりが心地よかった。


規則正しい穏やかな寝息、自分の動かすペンの音。腹には少しの
たまには仕事休んで旅行にでもつれてってやるか、
なんて考えて、阿伏兎は一人、笑った。




退屈スウィーティー!
(仕事してる阿伏兎も好きなんだけどね!)




*111119


 

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