息をしていないことに気づいた。
何があったわけでもないのに、漠然とした不安に押しつぶされそうになっていた。そういう夜が、時々あった。
5畳半の部屋がとても広く感じて、部屋の隅のベッドの隅で、部屋に背を向け小さくなって頭まで布団をかぶっている。なんだか苦しくて眠れないと思ったら、ろくに呼吸をしていなかったのだから当たり前だ。一度、布団から顔を出して大きく深呼吸をした。


「あれ、寝た?」


息をつくのとほぼ同時、突然の声に少し驚きつつそちらに顔を向けると、お風呂上がりの貴大さんと視線が交わる。彼は私が起きている事がわかると、どこか嬉しそうに目を細めた。


「なんでそんな端にいんの」


不思議そうに笑いながら、貴大さんはベッドに深く腰掛ける。私は壁側に向けていた体を彼の方へ向けた。貴大さんの大きな手が伸びてきたかと思えば、優しく私の頭をなでる。それがとても心地よくて、目を閉じた。
ふわりと、よく知った甘い香りが鼻腔をくすぐった。その正体が私が普段使っているシャンプーのものだと気づくのと同時に、唇に柔らかな感触。すぐに離れてはもう一回、もう一回とついばむようなキスをする。
それが止まったかと思えば、最後にこつんと額同士がくっついて、私はゆっくりと目を開いた。貴大さんは緩やかな動きで体を起こす。離れ際に目が合うと、いたずらっぽく笑って。
彼が、ベッドの脇に置いてある折りたたみ式の小さなテーブルからペットボトルを手にとって、中の水を飲み干すその間、彼の喉仏が上下する様をぼんやり見ていた。夢でも見ているような心地だった。


「疲れた?」


彼の問いには、首を振って答えた。「なんか眠そうだけど」と言いながら貴大さんは空になったペットボトルをテーブルの上に戻す。
不思議だ。年はひとつしか変わらないのに、その仕草ひとつだけで、貴大さんは私よりずっと大人に見えた。けれど布団に入って暖かいと笑った彼は、年下の男の子のように可愛らしくて。
貴大さんが手を広げて私の名を呼ぶ。私はそれに誘われるがまま、彼との距離を詰める。胸に顔を寄せると、穏やかな心音が聞こえた。貴大さんは私の背中に手を回して、また私にキスをした。その暖かさに、思考がゆるりと融けていく。彼のまだ少し湿った髪だけが、ひんやりと冷たかった。




*




目を開けたら、穏やかに眠る貴大さんの顔と、その奥でカーテンの隙間から月明かりが差しているのが見えた。いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。まどろみの中にいる頭で、まだ夜だという事実に少し、安心した。
彼の腕に抱かれて眠るこの夜が、明けることなくただずっと続いていけばいいのに。
私がそんな風に思ってる事を知ったら、あなたは笑ってくれるかな。





夢を食らうは月






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