ウチのマネージャーは大人しくて口数が少ない。いつも俺達が練習している隣で黙々と仕事をしている。
こちらが話しかければ普通に返事をするし、時々向こうから声をかけてくることもあるので、会話が苦手ということはないらしい。
ただ、がバレー部以外の人間と一緒にいる所を見たことはなかった。
体育館、校庭、廊下……俺が見かける時、いつもは一人でいる。俺のタイミングが悪いのかもしれないと、朝練後の着替え中に他のヤツらに聞いてみたが、見事に全員黙り込んだ。


「そう言われてみれば、から友達の話って聞いたことないけど友達いんのかね?」
「まぁ自分から声かけたりするタイプじゃねーよなぁ」


花巻と松川がそう言えば、周りは全員頷いた。
同じ学年の渡と矢巾も、が誰かと親しげにしている所は見たことがないという。松川が続ける。


「大人しくてあんまり喋らないし、周りの人も話しかけづらいんじゃん?実際」
「及川さんが校内で一番話してると思いますよ」


渡がどこか遠慮気味にそう言うと、及川は「そうかなぁ」と首を傾げた。


「確かにしつこく話しかけてるよな、お前」
「えー、別に普通じゃない?」
「お前はそうかもしれないけどさ、話しかけられる側はしつこく感じてるかもしれないじゃん」
「ちょっ……なんでそういうこと言うの!?」




*




移動教室の四限が終わり、自分の教室に戻ろうとして二年の廊下を通りかかったのでのクラスを覗いてみた。
この間話をした時に、席替えをして窓際の一番後ろになったと言っていたが、その場所にの姿はなかった。他の生徒に使われているらしく、椅子も見当たらない。そして自身も教室にはいないようだった。


ちゃんいないねぇ」
「なっ……んでいんだよお前は!」


聞き慣れた声に振り返ると、すぐ隣に及川がいた。
俺が二年の廊下へ向かうのを見かけて追いかけてきたそうだ。「今朝の話気になってるんでしょ」と笑いながら、及川はこそこそ聞こえ始めた黄色い声にひらひらと軽く手を振って、一番近くにいた女子に声をかける。


「ねえ、さんどこにいるか知らない?」
さん……ですか?」


わからないという返事に、仕方が無いからと大人しく自分の教室に戻ろうとした時だった。


「先輩?」


何処かから戻ってきたが、俺たちに気づいて声をかけてきた。俺と目が合うと「何か御用ですか」と小さく首を傾けて、不思議そうに次の言葉を待っている。
お前に友達がいないんじゃないかと心配で見に来た、なんて言える訳がなく、かと言って何か用があるわけでもない。理由になりそうな事を探していると、が財布と小さなビニール袋を手にしている事に気がついた。同じくそれに気づいたらしい及川が先に口を開く。


「どこ行ったのかと思ったら、購買行ってたんだねー」
「はい」


次に及川が「一人?」と尋ねると、はこくりと頷いた。それを見た及川はにっこり笑って軽い口調で更に続ける。


ちゃん、お昼一緒に食べよっか」
「え、でも……」


口ごもったは、何か言いたそうに俺を見た。遠慮しているんだろう。


「お前が嫌じゃなければ」


言えば、は軽く頭を下げて言った。「よろしくお願いします」って……なんか違くね?
隣で及川が笑いを堪えていた。





天気が良かったので屋上で弁当を食べる事になり、弁当を取るために一度三年の教室に寄ってから屋上へとやって来た。ちらほら見える他の生徒達と少し距離をとってフェンスの側に腰を下ろす。は少し辺りを見回してから「初めて来ました」と呟くように言った。普通こういう所は入学してすぐに友達と来たりするもんじゃないのか。は少しそわそわしているように見える。
飯を食べている間、及川がにいくつか質問をしたり部活の話をして、俺ももそれに相槌を打ったがほとんど及川が一人で喋っていた。
俺にとって間食くらいにしかならなそうな量のの昼食がやっと半分になる頃には、俺と及川は殆ど弁当を食べ終わっていた。

ふと視線をこちらに向けたと目が合って。
その目を逸らさずにいると、それまで喋っていた及川が話を切り上げ、肘で俺を小突いてきた。


「ねぇ、岩ちゃんも喋りなよ」
「喋るって何を……」
「何でもいいんだよ、さっきから俺ばっかり喋ってるじゃん!」


何でも、と言われても困る。
及川との視線を直に感じながら、脳内をぐるっと一周。


「あー……学校楽しいか?」


言った後になってから、もっと他に言う事ないのかと自分で思った。及川もそう言いたげに変な顔をしているし、は僅かに目を丸くしている。
やっぱ今のなしと言いかけて、その言葉はの返事に遮られた。思わず間抜けな声が出る。
は小さく息を吸って、噛み締めるように繰り返した。


「楽しいです」


今日は特にと付け加えて、は真っ直ぐこちらを見る。わざとらしい嫌な言い方ではなかったし、とりあえず当たり障りのない答えを選んだ、という感じもしなかった。なにより、とても嘘をついている目には見えない。


「何かあったら言えよ。俺でもコイツにでも、それから部のヤツも多分聞いてくれんだろ」
「ありがとうございます」


そう礼を言ったは、俺が今まで見てきた中で一番嬉しそうに見えた気がした。








昼休みも終わりに近づき、屋上を後にしてを教室まで送り届ける。目の前まで来て「じゃあまた部活でな」と言ってもはすぐに中に入らずに、俺と及川を順番に見ると改まって再び礼を言った。


「お昼、誘ってくださってありがとうございました」
「……明日も一緒に食うか?」


俺の一言に及川は驚いたらしく、えっと小さく声を漏らした。も目を丸くして俺を見上げ、数秒沈黙したが、食べたいですと返事が返ってきたので、じゃあ明日また迎えに来るわと言ってその場を後にした。


「岩ちゃんって女の子誘ったりできたんだね!」
「あ?」


教室に戻る途中の廊下で、隣から飛んできた妙に癇に障る発言に声を低くして睨みつけると、及川は身を縮めて早口で謝った。そして気を取り直して続ける。


ちゃん嬉しそうだったねぇ」
「そうか? 」
「そうだよー」


正直、本当には嬉しそうだったかと聞かれて、嬉しそうだったと即答できるほどの自信はなかった。それでも、人の事を良く見ている及川がそうだと言うのなら、が嬉しそうだと感じたあの一回は俺の気のせいではなかったんだろう。


「明日は花巻達も呼ぶか」
「えっ、何で?」
「たくさん人がいた方が喜ぶだろ」
「……岩ちゃんと二人の方が喜ぶんじゃないかなあ」


及川が何か言ったが、予鈴と重なって聞き取れなかった。何を言ったのかを尋ねても、「なんでもないよ」とニヤニヤ笑うだけ。
どうせまた俺をおちょくるような事でも言っていたんだろうと、背中に一発くれてやった。



 

ひとりの彼女はもういない


*140210
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