「羨ましくて仕方がないんだ」
初めて辰也さんの弱音を聞きました。
けれどそれほど驚きはしませんでした。
弟分だという火神くんを、チームメイトの紫原くんを、彼は時々、なんだか悲しい目で見ていることがあったから。
私は何も言うことができませんでした。辰也さんは話を続けます。
口調はひどく落ち着いていたけれど、ひとつひとつの言葉が悲しくて、苦しんでいるのは目の前のこの人なのに、私が泣いてしまいそうになりました。
辰也さんが一番欲しがっている物は、私がどうやったって、何をしたって、プレゼントすることはできないのです。
バスケについて私が知っているのは簡単なルールくらいで、彼の目指すものの大きさすら、ぼんやりとしていて分かりません。
けれどそれはきっと、私なんかが想像しているよりずっとずっと大きいのです。目の当りにしたら逃げ出したくなってしまうくらいに。だから彼はこんなにも苦しんでいるのです。
話が止まったかと思うと、彼はうつむいたまま言いました。戸惑ったような、不安がっているような言い方で。
辰也さんは多分、話すつもりなんてなかったのでしょう。私にも、誰にも。
だから自分の心の内を話した時、相手がどんな反応をするのか知らないのです。
知らないから、怖がっているのです。
「……嫌だろ、こんな暗いヤツ。 俺だって嫌だ」
「嫌じゃないよ」
辰也さんは自分の事が好きではないのです。すぐに分かりました、私も自分が好きじゃないから。
話をするのが苦手で、上手に笑うことも苦手で、クラスメイトが楽しそうに集まっているのを横から眺める事しかできないような人間だから。
そんな自分と真逆の、いつも皆の中心で笑っている明るい姉を見て育ってきたから。
無理だと分かっていながら、今でも姉になりたいと強く強く感じずにはいられないのです。
大好きで大切な人。なのに羨んでしまう。妬んでしまう。そんな自分が嫌いで仕方がないのです。
彼も多分、似たような感情を抱えてるのでしょう。
「私もそんなに明るい方じゃないし、」
「少しくらい暗くても、真っ暗で何も見えなくても、並んで歩けたら幸せだなって思う」
「辰也さんがどんなに自分を嫌っていても、私は貴方が好きだよ」
言葉にした思いは、きちんと届いているでしょうか。
辰也さんが泣いているのに気付いたのはそのすぐ後の事です。
なんだか見てはいけない気がして、けれど見ないフリはできなくて、辰也さんを抱き寄ました。
そっと頭を撫でると、きれいな黒髪は指の間をさらさらと流れていきました。
「君には格好悪い所をみせてばかりだ」
震える声で彼は言うけれど、私は彼を格好悪いなんて一度も思ったことはありません。
「辰也さんは素敵だよ、とっても」
柔らかな日差しが、部屋に降り注いでいます。
起きているときの大人っぽい彼とは違う、年相応の幼さを持った彼の寝顔を見るのはなんだか新鮮でした。
愛しさが込み上げてきて、私は昨晩のように彼の頭を撫でました。
ぼんやりと目を開いた辰也さんはまだ寝ぼけているのか、おはようと声をかけても返事はありません。
彼は私を抱き寄せます。
力強い、けれども迷子のような不安さを持った腕で。
つよいつよい彼の、よわい部分に触れました。
大丈夫、私はそばにいるよ。
最愛グルーミィ
*130302