「あの、私、入ってきちゃったけど……怒られないかな?」
「大丈夫っしょー、多分」


めずらしくお互いの部活の休みが被ったから、楽しくデート!とか思ってたのに、明日提出厳守のプリント忘れてくるとか。そりゃねーわ……。

自分に呆れながら階段を上る。
窓から差し込む光は徐々に赤みを帯びてきて、作る影も伸び始めた。
秀徳の生徒ではないちゃんは、来客用のスリッパをペタペタ鳴らしてオレのあとに続く。

教室の扉を開け、その奥の自分の席へ。
ちゃんは教室を一通り見回してから、教室に入ってきた。

椅子を引いて机の中を探る。
そして見つけたプリントをひっぱりだした。やべっ、端折れてんじゃん。
とりあえず反対方向に緩く折ってみたり、机に押し付けて折れた所を爪で擦ってみたり。
まぁ、直った……か?


「和成くん、席そこなの?」
「そうっすよ」
「私、ここだよ」


ちゃんが指差したのはオレのすぐ後ろの席。


「……マジすか?」


ちゃんは静かに頷いた。

それから席について、話をした。
学校の事、部活の事、休みの日の事。
BGMはグラウンドで活動している運動部の声と、吹奏楽部の練習音。


「なに笑ってるの」
「えっ、いやー……ちゃんが秀徳にいたら、いつもこんな感じかなーって」
「どうだろう……学年違うから難しいんじゃない?」
「なら教室まで会いに行きますわー」


秀徳の制服を着てる先輩を想像してみる。
もし学年も一緒で、クラスも一緒だったら。
席替えで、今座っている席順になったら。


「……実際に先輩が後ろにいたら、オレ授業中ずっと後ろ向いてるかも」
「和成くん、ちゃんと授業受けようね」
「へーい」


そこで、会話が途切れた。
ちゃんは窓の外に視線を移した。オレもそれにつられて外をみる。
ここに来る前より空は大分赤くなって、影も更に伸びた。
そろそろ部活も終わる頃だろう。

そういえば吹奏楽部がさっきから練習してるこの曲、何て名前だったかな。聞いたことはあるんだけど。

結構有名な……


「ねえ、ちゃん」


この曲の名前、分かります?
そう続けようとして先輩に視線を戻したら、がっつり目が合った。

あれ、なんか、……いい雰囲気なんじゃね、コレ。

教室、夕暮れ、二人きり。
静かに、息を吸い込んで、言った。


「キスしても、いい?」


先輩はほんの少し目を丸くして、戸惑ったようにオレから目を反らした。
そうして何かを言いかけた口を、緩くつぐんで、そっと目を閉じた。

あ、いいんだ。
断られるかと、思った。

先輩の後頭部に手を回す。指の間を、髪がさらりと通った。

唇が触れる。柔らかい。

そっと離れて目を開くと、同じくらいのタイミングで目を開いたのであろうちゃんとまた目が合って、気恥ずかしくなった。

ちゃんは口に手を当てて、一言。


「……緊張、した」
「うん、オレも」


色づいた頬は夕日の仕業か、それとも……


「嘘、和成くんはこういうの、慣れてるでしょう」
「えー、オレってそんなイメージなんすか?」
「うん」


うんって。
まさか彼女に女慣れしてると思われてたなんて。
結構ショックなんだけど。
次の言葉を探しつつ、何気なく時計に目をやると、完全下校時刻の五分前。


「……そろそろ行きますかー」


本当はもっと居たいけど、見回りの先生に見つかって説教されるのは御免だ。


「帰り道、気を付けて」
「ありがとう、和成くんもね」


オレが先輩を送るのはいつも駅までで、それ以上先には進んだことがない。
いつかそのうち、オレはこの先にいけるのだろうか。
先輩は、人混みに紛れて見えなくなった。



いつもの制服の下の肌の事とか、まだ足を踏み入れるどころか、最寄り駅までしかしらない先輩の家の、部屋の事とか。
先輩が家に来た時の事とか。
勝手に想像して、嬉しいような恥ずかしいような、変な気持ちになる。

家についてから真っ先に自分の部屋に行って、ベッドに転がった。ポッケから携帯を取り出して、ちゃんのメールに返事を打つ。

さっきからちゃんの事を考えると、どうしてもあの唇の感触を思い出す。オレは自分で思っているよりもずっと浮かれているのだ、きっと。
それに加えて、キスの先の更に先の事なんかも考えてしまう、健全な男子高校生なワケで。思わず枕に顔を埋めた。

とか、こんなことばっか考えてたら、先輩に呆れられてしまいそうだ。


やることもやらずにいつまでも浮かれてたら、また先輩に怒られるかな。
怒られる前に、そうだな、取り合えずやるべき事を全て終わらせてしまおうか。





行動は計画的に





寝転がったまま、鞄の中をあさる。
そこでようやく気がついて、飛び起きた。


プリント、教室の机の上だ。



 

*120814
お前は本当に高尾か。あと呼び方統一しろ。
 
 
inserted by FC2 system