飽きもせずにじりじりと照りつける日差しから逃れて、アジトの中に足を踏み入れた。中身の人数を考えれば無駄に広いアジトの中はお世辞にも涼しいとは言えないが、日差しが遮られている分外に比べればだいぶマシだ。窓の外はめまいがするような夏。日本の夏に比べれば湿度がない分まだ楽だが、イタリアの夏も、変わらず暑い。
 こういう暑い日には、だいたいあいつが来る。
 ドアノブをひねって自室のドアを開け放つ。そこには、予想通りの先客がいた。


「スクアーロ、暑い」
「……第一声がそれかぁ、一仕事終えて帰ってきた同僚をねぎらおうって気はねえのかぁ」
「あーおかえりー暑い」
「まったくいたわる気ねぇなぁ」
「だって、暑い」
「てめぇはそれしか言えねぇのかぁ」


 人のベッドの上に手足を投げ出して寝そべったまままったくやる気の感じられない返事をよこしてくるそいつにため息をつく。はぱたりと寝返りを打ってうつぶせになり、ベッドのふちから左腕だけをだらんと垂らした。というか、なんつう格好をしてるんだ、こいつは。ひらひらしたキャミソール一枚にショートパンツ。よくあれで折れない、と思うような白く細い手足のほとんどがむき出しになっている。弛緩した全身の中で、足だけが何か別の生き物のようにぱたぱた動いている。白くてしなやかな、身をくねらせて泳ぐ魚の、――その動きから、無理やり視線を引き剥がす。べりべり。意味もなく窓の外に視線を逃がした。外は相変わらず目もくらむような日差しが照りつけている。夏だ。


「もう少しまともな格好をしろぉ」
「えーいやだ、あっつい」
「だからと言ってそれは脱ぎすぎだろぉ」
「うっさいなスクアーロ、じじくさい」
「な゙っ……てめぇなぁ!!」
「あーあーもう叫ぶなよ、ただでさえ暑いんだから、もうむしろスクアーロが暑い、暑苦しい」
「ゔお゙おい!!」


 人の部屋に押しかけてきておいて勝手なことをのたまうに、若干の苛立ちとそれを上回る優越感をいだく。こうやってなんだかんだと文句を言いながら、こいつは他のどこでもなく俺の部屋に来るのだ。だが、そうやっていだきかけた優越感は、「じじくさい」の一言を思い出してあっという間にしぼんだ。さすがにじじくさいは言いすぎだと思うが、この年頃の6歳差は確かにでかい。こいつがこんな無防備な格好で俺の部屋に来るのも、俺に対して男女としての感情も警戒心もまったく抱いていないからだということは嫌というほどわかっている。16の女から見れば6歳も上の男なんてもんは男の範疇に入らないも同然だ。4年前、こいつがヴァリアーに入ってきたばかりの頃は6歳の差はもっと大きかった。12歳と18歳なんて、せいぜい年の離れた兄弟みてえなもんで、男女の情をいだけという方が無理な話だ。あと少しではあのときの俺と同じ18になるが、そのとき俺は今のXANXUSと同じ24だ。が22になるころには、俺は28。永遠に追いつけない、いたちごっこ。おまけに、俺は確実にこいつより先に死ぬ。そういう生き方をしてきたと自覚しているし、長く生きようなんてそもそも思っちゃいない。


 でも、


 4年前は、6歳差は今より大きかった。10年後は、26と32。そのさらに10年後、36と42。また10年たてば、46と52。
 そのころには、6歳差は今より縮まっているだろうか。隣に並んでも、おかしくはないだろうか。
 アイス食べたい、相変わらずぐだぐだベッドに寝転びながらぼそっと漏らされた声に我にかえる。気付けば先のことを考えていた自分に苦笑した。暗殺者が未来のことを考えるなんて、笑わせる。


「スクアーロ、アイス食べたいー」
「知るかぁ、自分で買いに行けぇ」
「いやだよ、暑いだろ」
「じゃあ食堂にでも行けぇ、オカマならアイスぐれぇ用意してんだろぉ」
「めんどくさい、スクアーロもらってきて」
「お前なぁ……」


 先のことを考えても仕方ない。10年先のことなんて、誰にもわからない。少なくとも今、こいつはここにいる。暑いと文句を言いつつも、オカマのところでも、談話室でもなく、俺の部屋に来る。とりあえず今は、それだけで十分だ。
 でも、いつかこいつがこんなふうにここに来なくなったら、俺の前で無防備な格好をしなくなったら、6歳差が隣に並んでもおかしくないくらいに縮まったら、そのとき、俺たちが二人とも生きていたら、そのときは、


 そのときは、さて、どうしようか。






夏の日、
目もくらむような、






「わかった、スクアーロ、暑苦しいからその髪ツインテールにしろ、そしたら服着る」
「ゔお゙おい、ふざけんじゃねぇ!!」

 
 
*
泥と梨の香月さんに頂きましたスクアーロ夢、掲載するのが遅くなって申し訳ないです……
特に何かあったわけでもないのですが、くださいくださいとわがままを言ったら本当に書いてくださいました!スクも夢主も可愛すぎて読み返すたびに悶えています。
素敵なお話をありがとうございました!


 

 

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