高揚していた気分が唐突にさめて、手に持ったままだったナイフを投げ捨てた。足元には死体がいくつか転がっている。びっくりするくらい手応えのない殺しだった。あーあ、つまんない。平隊員とはいえ仮にもヴァリアーの一員なんだから、もうちょっとオレを楽しませてくれたっていいだろうに。それともあれなのか、オレが幹部だから本気出せないとか? くだんない。そんなの、殺し屋として失格だろ。足元の死体をわざと踏んで通り越した。靴についた血を死体の隊服でぬぐったところで、聞き慣れたばかでかい声が鼓膜をぶん殴った。




「う゛ぉ゛ぉい、何してんだぁ!!!」




 あーあーあー、相変わらずうっさいなスクアーロは。仕方なく振り向くと、銀髪をなびかせながらずかずかと近付いてくる長身が目に入った。廊下に転がる死体と血だまりを見て顔をしかめている。とはいえ、こいつが平隊員の死を悼んでるとかそんなはずはない。どうせただでさえ人員不足なのに、とか誰が掃除すると思ってんだ、とか考えてるんだろ。人員不足はオレのせいじゃなく主にボスのせいだし。




「何で殺したぁ」
「そいつらがの名前口に出したから」
「お前なぁ゛……自分で片付けろよぉ゛」
「嫌だね。スクアーロやっといて」
「う゛ぉ゛ぉい!! ふざけんなぁ!!」




 怒鳴り声を残して踵を返したところで、ベルフェゴール、と後ろから静かに声がかかった。「こんなことして、何になるんだぁ。は喜ばねぇぞぉ」 スクアーロじゃないみたいな静かなしゃべり方が気持ち悪い。っていうか、笑える。
 別に、がこういうことを好きだとか思ってるわけじゃないし、そもそも喜ばせようと思ってやってるわけじゃない。ただ、ムカついたから殺しただけだ。こいつらが、軽々しくちゃんとか言うから。
 耳をふさいでうっさいスクアーロの声をシャットアウトした。今度こそ振り向かず足を進める。スクアーロは、もう何も言わなかった。









 ベッドに寝転がって、目の前に手をかざす。何もついていない、白い手だ。あの程度の相手に返り血を浴びるなんてヘマはしないし、第一手が血で汚れている、なんて陳腐すぎるだろ。別に汚れてなんかいない。それなのに、なぜか妙に気持ち悪くて、シーツに手を擦り付けた。
 オレ以外の奴が名前を呼ぶなんて許せない。本当はスクアーロだって殺してやってもよかったのだ。を呼んでいいのも、さわっていいのもオレだけだ。を汚す奴はみんなオレが殺す。でも、そうするとオレの手はどんどん汚れていくから、そのオレがにさわったら結局も汚れてしまって、





――あれ。




 何のために、殺したんだ、っけ?





 部屋のドアが、ゆっくりと音もなく開いた。




「――ベル」




 その声が静かに名前を呼ぶ。ベッドの上で半身を起こして、ドアの方に顔を向けた。は黙ってただオレを見ている。その目に、かすかに咎めるような色が映っている。あの馬鹿鮫が余計なことを言ったか、それとも、現場のあとを見られたとかかもしれない。だから片付けとけって言ったのに。
 服の裾が、ばさりと翻った。近付いてきたが、ベッドの上に膝をつく。ふわり、鼻先をかすかに甘い香りがかすめた。温かい腕が、首に回されている。オレをぎゅっと強く抱きしめて、は耳元でささやくように言った。




「こんなことしなくても、大丈夫だから」
「……」




 何も答えず、ただ黙っての背中に腕を回した。肩に顔を埋めて、腕に力をこめる。
 こんなことしなくたって、はオレから離れていったりしない。オレを置いていったりしない。そんなことはわかっていた。でも、きっとオレはこれからも人を殺す。のために、何人だって殺す。だって。




 このポジションは、誰にも、たとえボスにだって、譲る気はない。






真夜中、迷子のふたり

 
 
*120927
泥と梨の香月さんから誕生日プレゼントとして頂きました!
ベルちゃん大好きなのでとても嬉しい……!ありがとうございました!!
 
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