昼下がりの公園。砂邪は戸惑っていた。

「ねー、ブドウのアメはー?」

見知らぬ子供にまとわりつかれ、子供の扱いに慣れていない砂邪はおろおろとするばかりだ。足元で跳ね回りながらアメを要求する牛の角をつけた子供に、砂邪は小さく返答する。

「アメは持ってないよ……」
「うーそー! いつもアメちゃん持ってるのランボさん知ってるもんね!!」

砂邪にはアメを持ち歩く習慣はない。しかし、ランボは確信を持った様子で砂邪に迫る。

「アメちゃんをださんかーい!!」

ここに砂我がいたらうまく子供をあしらってくれるだろうに。砂邪はそう思いながらしゃがみこんでランボと目線を合わせる。

「ないものは出せないよ、」

ごめんね? と首を少しだけ傾ける砂邪と、その言葉にみるみるうちに表情を変えるランボ。砂邪はぎょっとしてランボを見つめる。彼女の目にも明らかに、ランボは泣きそうな顔をしていた。

「……ニセモノだもんね」
「え、」
「お前なんか砂我のニセモノだもんねー!!」

砂邪は理解した。ランボが自分にまとわりつく理由、アメをねだる理由。
――この子、砂我の知り合いなんだ……。
砂邪は、双子の片割れである砂我を思い浮かべる。
あんまり、似てないと思うけど。砂邪は心の中で小さく呟きながらランボに声をかける。

「私は砂我じゃないよ」
「わかってるもんねこのニセモノー!!」
「偽者でもなくて、」
「うるさいうるさいうるさーい!!!」

まったく話を聞こうとせず、ついに泣き出したランボに砂邪はため息を吐く。泣いている子供を置いて立ち去ることは、砂邪にはできない。誰も乗っていないブランコがぎいと軋む。ランボの泣き声。軋むブランコ。途方に暮れる砂邪。
どうにかしてランボを泣き止ませられないかと砂邪は考えをめぐらせる。
いくらカバンを探しても、スカートのポケットを探っても、アメはおろか子供が喜ぶようなものは何一つ出てこない。ランボは泣き疲れるということを知らないのか、地面を転がりながら泣き喚いている。
子供が泣き止む方法なんて、砂邪は知らない。どうしたら子供は笑顔になる?

「(あ……)」

砂邪が掴んだのは幼い日の記憶。

昔から砂邪の父はほとんど家にいなかった。帰ってきた父に真っ先に飛びつくのは砂我だったけれど、また出かけようとする父に最後までくっついていたのは砂邪だった。

「もう行かなきゃいけないんだよ」

そう苦笑する父の服をしっかりと握り締め、砂邪は小さく首を振る。

「できるだけ早く帰るから」

そんな泣きそうな顔しないで、ね? 父がなだめても、砂邪はうつむいたまま首を振るだけだ。

「困ったなぁ……」

父――砕貴は頭をかく。後ろから母のやよいが砂邪の肩に手を置いて「ほら、お父さん困ってるでしょ」と娘を諭す。
砂邪はしぶしぶ砕貴の服を放した。

「そんな顔されると出かけづらいよ」

砕貴は砂邪の頭をくしゃりとなでながら笑う。

「そうだ、砂邪。ちょっと見ててごらん」

砕貴はポケットからアメを取り出して砂邪に見せる。砂邪は訝しげにそれを見つめる。にこにこと笑いながら、砕貴はゆっくりとアメを握り締める。
次に砕貴がその手を開くと、アメは消えていた。砂邪は目を見開く。

「……どこに行ったの?」

砂邪の問いに砕貴は彼女のスカートに付いたポケットを指差す。砂邪がそこに手を入れると、確かに触れるものがある。小さな手に握って取り出すと、それは砕貴の手にあったものと同じアメだった。

「砂邪にあげる。お父さんがいなくてもいい子でいるんだよ」

手のひらの中に小さな宝物を閉じ込めるように、砂邪はアメを握り締める。

「……いってらっしゃい」

ささいな魔法に、砂邪はいつも暗い気持ちを吹き飛ばされてきた。

――私にも、できるだろうか。お父さんと同じ魔法が、使えるだろうか。

「ほら、見て」

砂邪は財布から百円玉を一枚取り出して弾いた。陽の光を受けて白く輝く硬貨に、ランボの視線が一瞬ひきつけられる。砂邪は硬貨をキャッチして手のひらに乗せたそれをランボに見せる。ランボが手を伸ばそうとした、その瞬間に砂邪は手を閉じてしまう。
次に砂邪が手を開いたとき、百円玉は消えていた。

「あらら? どこいっちゃったの?」

砂邪はランボのポケットを指差す。

「見てごらん」

ランボがポケットに手を突っ込んで、硬貨を取り出した。ランボの目が輝く。

「あげる。アメはないけど、ジュースでも買ったらいいよ、」
「いいの?」
「いいよ」

そのまま走り去ろうとするランボを砂邪は呼び止めた。

「待って、」
「なーに?砂我ーまだなんかあんのー?」

先ほどまでの涙などどこにも感じさせない様子に少しの感心すら覚えながら砂邪は言った。
「私は砂邪だよ」

 

 

微笑みの魔法












*120927
†桃花水†の雪野さんからお誕生日プレゼントに、と頂きました!
うちの夢主家族の名前がたくさん出てきてとっても俺得です。読み返すたびににやけます。
ありがとうございました!



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