いつの間にか、眠っていたらしい。夕方五時の鐘は、聞いたと思うんだけど。
畳で寝たせいで少し身体が痛かった。けれど、久しぶりに、よく眠れた気がする。
なにか、懐かしい夢を見た。いくら考えても、内容は思い出せなかった。

外は暗く、街は静まり返っている。きっと今は真夜中なんだろう。
普段寝ているローベッドには、誰もいなかった。
いつもだったら、暗くなる頃には帰ってくるのに。家の中には、私一人だけ。

物音のしない部屋で、静かにカーテンが揺れた。
日中は風が気持ちよかったから、窓を少し開けていたことを思い出す。通りで肌寒いはずだ。
閉めようと手を伸ばすと、自分の腕が目に入った。
月明かりに照らされて青白さを増した、骨と皮だけのような腕。気持ちが悪い。
もともと肉付きの良い方ではなかったし、此処に来てからロクに食事をとらなくなったから、こんな貧相な体になっても仕方がないのだけど。

窓を閉めたら、部屋は余計に静けさを増した。
暗闇に、静寂に、お前はひとりだと言われているようで、息が詰まる。苦しくてたまらなくて、すぐに閉めた窓を全開にした。
少し冷たい外気に触れて、外の匂いを感じたところで、ようやくまともに呼吸ができるようになった。

此処に来てから、私には何もわからなくなってしまった。今日が何月何日なのかも、今が夜中の何時なのかすらも。
いつか、元の場所に帰れる日は来るのだろうか。それとも、死ぬまで、此処に。

……水が飲みたい。喉がカラカラだ。
立ち上がってはじめて、机に食事が用意されていることに気が付いた。
日中仕事に行く時、彼はいつも私のお昼ご飯を用意して此処を出て行く。私がそれに手を付けない事を知っていても。――ああ、そうだ。
彼は昨日、今日は出張で帰ってこれないと言っていたような気がする。正直、あまりはっきりとは覚えていない。いつ頃帰ってくるんだろう。

もしかしたら。そう思って、一度も開けた事のない冷蔵庫を開けてみた。中には、三食分はありそうな料理、そしてお茶とミネラルウォーターが入っていた。
きっと明日の夜まで、彼は帰って来ない。それだけ分かれば十分だった。
私は冷蔵庫の扉を閉めて、ぬるい水道水を飲んだ。



ベッドから毛布だけをとって窓際へ。毛布にくるまっても、窓の傍は少し寒かった。
それでも、閉める気にはならなかった。











またいつの間にか、眠っていたようだった。夢の続きを見た気がした。内容はやっぱり思い出せない。けれど私は確かに、幸せな夢を見ていた。

すでに日は高く昇って部屋にたっぷりと光を落としている。なのに、ちっとも暖かくない。眠りすぎたせいか身体がだるくて、頭も痛い。起き上がるのも億劫だった。
何より、起きていてもする事はないので、私は毛布をかぶり直して再び目を閉じた。こうして大人しくしていれば、夢の内容を思い出せるかもしれない。

その時、鍵を開ける音がした。決して大きな音ではない筈なのに、私にはどんな音よりも大きく、そして重く聞こえた。まだ、聞きたくなかった。なのにもう、帰って来てしまったなんて。


「またそんな所で寝てたの?」


彼は部屋に入って私を見るなり、そう言って笑った。
まっすぐにこちらにきて、昨晩からずっと開いたままの窓を閉めながら、困ったように続ける。


「夜、それじゃあ寒かったでしょ」


ネクタイを緩めながら、彼はその場に腰をおろして優しい声でただいまを言った。
私は眠いふりをして、身体を丸めて鼻先まで毛布に潜りこむ。彼は静かに笑って私の額に口付けを落とした。
唇が離れたかと思えば、今度は額に手を当てられる。その手は頬を伝い、毛布を避けて首に触れた。驚いて首を竦めても、彼は手をどけてはくれない。
少し考えた後、彼は言った。


「……ちょっと熱っぽいね」


身体がだるいのも、頭が痛いのも、眠りすぎのせいではなかったらしい。昔から体は強い方だったから、熱があるなんて思いもしなかった。自覚した事で、身体が更にだるくなった気がする。
そんな事を考えていたら、毛布ごと抱き上げられた。浮遊感に気持ち悪さを感じ始めた所で降ろされたのは、ベッドの上。彼は私に布団をかけると、立ち上がって台所の方へ行ってしまった。

此処は好きではないです。そう言えたらいいのに。本当はこのベットから、この部屋から、今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
それができない私は黙って、及川徹の匂いに囲まれている。

彼はすぐに戻ってきて、私の額に冷却シートを貼った。その冷たさが心地良くて、そっと目を閉じた。
毎日ほとんど動かずに眠ってばかりいるのに、まだあと何時間だって眠れるような気がした。


「おやすみ、ちゃん」


彼が私の髪を撫でた。両親より、先輩より、誰よりも優しい手つきで。
このまま深い眠りに落ちて、ずっとずっと目なんて覚めなければいいのに。

夢の続きを見ることも、内容を思い出す事も、きっともう出来ないだろうけれど。





夢の途中、ひとりぼっち




*130712
雪野ちゃんお誕生日おめでとう!

 

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