「ベル、いるの?」
「……?」


返事は遅れてやって来た。


日は既に沈み、辺りは闇に包まれている。
広大な屋敷の部屋の一室一室を探し回って、私はベルを見つけた。ようやく聞くことが出来た彼の声。よかった、元気そうだ。
はき出したため息と同時に、少し肩の荷が下りた気がした。


「そうだよ」


歩を進める。

ベルは何処にいるんだろう。多分、声の方向からして、奥の方。
床には割れた窓ガラスが散らばっているようで、足元でぱきぱきと音が鳴った。
大きな窓。月が出ていれば探すのがもう少し楽なのに、今日は生憎の曇り空で。

進めば進むほど、血なまぐささが鼻を突く。思わず鼻を被った。
名前も知らない誰かが動かなくなっている。踏まないように、けれどもできるだけ直視ないように、そうして進んでいたら、壁に身をあずけて座るベルを見つけた。
声をかけようとしたら、彼も私に気がついた。


「あ゛はぁ、ホントにだぁ」


綺麗なブロンドは乱れ、服もくたびれ、きらきら光るティアラは頭には乗っていなかった。
まだ興奮が抜けきっていないのか、楽しげにナイフを弄るベルとの距離を詰めて、すぐ隣に膝をつく。手を伸ばして髪を撫でたら指の間をさらりと流れていった。


「身体平気? 痛い所とか、ない?」
「ん、ヘーキヘーキ。 それよりさ、見てこれ」


全部オレが殺ったんだぜ、彼は無邪気に笑う


「……お疲れ様。 すごいね、ベルは」


視線を落とした時に見つけたベルのティアラ。彼の隣、寂しげに転がっていた。
手にとって、定位置――頭の上にそっと乗せる。ついでに、頬に付いた血を指で拭う。
私が言った言葉に、ベルは歯を見せて笑った。褒められて喜び、どこか誇らしげな彼は小さな子供のようで、可愛らしい。


「だろ? やっぱオレ王子だからさあー」
「うん、」



ああ、駄目、だ



勝手に身体が動く



ベルの首に手を回す



抱きしめる。





服にも髪にも、ベルの物なのか、彼が殺した人の物なのかわからない血がべっとりと付着していて、何となく気分が悪い。いつもの彼の匂いじゃない。

キィン、

高く、澄んだ音が響いた。多分、ベルがナイフを床に落としたんだろう。


?」


どうしたの? とでも言いたげな彼の声音。


「……嫌?」
「ししっ、全然!」


また、笑う。
そして彼は強く強く、私を抱きしめ返した。少し、苦しい。

暫くそうした後にどちらともなく離れて、見つめ合った。と言っても、ベルの目は前髪で隠れて見えないけれど。

ベルが私の髪に触れる。優しい手つき。





私は、彼が人を殺す瞬間を何度も見ている。

とても楽しそうに人の命を奪っていく彼も、

苦しむ相手を面白がって嬲る彼も、

自分が血を流して尚も笑う彼も、

何度も、この目で。



それなのに、

今はそれがまるで嘘の様で。



ベルは私の髪を撫でていた手を後頭部に回して、引き寄せた。
唇が重なる。ほんの数秒の出来事。


「ベル」
「んー?」
「帰ろう」


私が言えば、彼は黙った。
黙って、さっきと同じように優しい手つきで、私の髪を撫で始める。
何かを考えているようにも見えたし、ただぼんやりしているようにも見えた。


「……もーちょい」
「わかった」


発された言葉には、深い意味は含まれていない様に思えた。彼はまだ此処にいたい気分なんだろう。
嗅覚が麻痺して、この部屋に充満する臭いはもう、気にならない。

私が最後に口を開いて会話が途切れてから、10分……いや、20分は経っただろうか。ベルはようやく立ち上がった。
行こうぜ、と隣に座っていた私に手を差し伸べる。その手を取って立ち上がると、彼はそのまま私の手を引いて歩き出した。

ベルは下にガラスが落ちていようが、自分のナイフが落ちていようが、動かなくなった人間が転がっていようが、お構いなしに進む。真っ直ぐに前へ、前へと。
私は来た時と同じように、それらから目を逸らす。
部屋を出ても、屋敷を出ても、相変わらず辺りは暗かったが、ふと空を見上げると雲の切れ目から月が少しだけ顔を覗かせていた。



ずっとだんまりだったベルが、唐突に沈黙を破った。



「お前さあ、嫌じゃねーの」
「何が?」
「オレがこうなる度に迎えに来んの」


此方を向かない彼の表情は理解できる筈もないけれど、

彼の背中は何処か寂しげで、


「別に来る必要ねーよ? そのうち一人で帰るし」


何か言葉を返さななくてはと頭では理解しているのに、


「スクアーロとかに言われて来てるんだろうけどさあ、無視していいよ」


情けないことに、上手い言葉が見つからない。


「オレだったら絶対無視するね」


何を、言えば、


「めんどくさいだろ?」


――めんどくさい?

違う。違うよベル、私は迎えに行くのが嫌だとか、面倒だなんて、微塵も、


「……来るの、迷惑?」
「は?迷惑じゃねーけど」


私は思わず足を止めた。
同時に、緩く繋がれていた手がするりと外れて、ベルも足を止めた。


「じゃあ、また迎えに来る」
「……お前さ、話聞いてた?」


くるり、体の向きを変えて、彼は呆れたように吐き捨てる。長い前髪に隠れて見えない目は、どんな感情を写し出しているんだろう。

どこからか吹いてきた風が、頬に触れ、髪を撫で、木々を揺らしては音を立てる。


「頼まれたから来てる訳じゃないよ」


嫌な事を黙って何度も引き受けるほど、私は御人好しじゃない。


「勝手に迎えにきてるだけ」


だから、ベルは余計なこと考えなくていいよ。


「……馬鹿じゃねーの」
「そうかもね」


風はもう止んだ。
静寂に包まれる。



「何?」
「帰ったら何か作って」
「うん」


今まですっかり忘れてたとでも言うように「腹へったんだよね」と、彼は笑った。






闇夜に
(雲はもう何処かに消えて、真っ黒な空には少し欠けた月が浮かんでいた)





*120312
ベルは気分屋な所が見え方が変わる月っぽいかな、と。
夢主はベルが好きだけど、彼の趣味嗜好は好きじゃない感じ。
ぐろっきーになったベルを迎えにいく話がずっと書きたかったので満足。

 

 

 

 

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