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 目玉焼きデイ




お前はやる気がないと、よく言われる。
全くもってその通りである。
家事も炊事も勉強も一応人並みにできることはできるが、贅沢なことに私は、今までずっとそれらをやらなくてもいい環境で育ってきたのだ。
これといった趣味もないし、休日はもっぱら一日中ベッドでごろごろしている。
女子力?知らないよそんなの。


そんな私でも二、三か月に一度くらいの割合で、キッチンに立ちたくなる日がやってくるのだ。朝早く、すっきり目覚めた時に多い。まさに今この瞬間。丁度お腹もすいている。
時計はまだ六時を少し過ぎたところを指していた。
少し肌寒いものの、外はいい天気だ。

布団から出て、訳もなく上機嫌にキッチンへとやってきた。
……のは良いが、普段料理などしないがために殆どなにも入っていない冷蔵庫を見て、私のやる気は一気に萎える。これもいつもの事。
そりゃあ給仕室の大きな冷蔵庫にならば、肉でも魚でも野菜でも何でも入っているだろう。が、そこまで料理がしたいのかと問われれば、私は迷わずにNoと答える。
何故か、それは給仕室まで向かうのが面倒だから。所詮私のやる気なんてその程度だ。

けれど折角やる気になってここまで来たのだから、何かしたい。
さて、どうしようか。





*





「そこのカエル」
「……なんですかー」


長い廊下を進む途中、聞きなれた声に呼び留められた。
見れば、扉から頭だけをひょっこりと出した先輩。彼女はこてりと首を傾ける。


「任務帰り?」
「そうですよー」
「そっか。 じゃあお疲れ様のカエル君に、優しい優しい先輩の手作り朝食をご馳走してあげる」
「何気持ち悪い事言ってんですかー。 遠慮しておきますー、どうせ毒とか盛ってるんでしょー」
「……私が盛ったかもしれない毒で死ぬか、今ここで死ぬか選べ、三秒以内」
「先輩の作った朝ご飯が食べたいなぁー」


本当にカウントダウンを始めるものだから咄嗟にそういうと、先輩は満足そうににっこりと笑ってドアを開けた。


「どうぞ」


そういえば、先輩の部屋に入るのはこれが初めてだ。普段の言動からして、あまり綺麗にしているとは思えない。
入り口付近は綺麗だが、此処から見えない奥の方はゴミだらけだったら?下着なんかが無造作に置いてあったりしたら?この人ならあり得そうだ。
けれどそんな心配もすぐになくなった。


「……案外きれいなんですねー、ベル先輩の部屋の一歩手前かそれ以上だと思ってましたー」
「うわ、何それ。 私あんなとこ絶対住めない」


先輩は笑って、テーブルを指差す。
座ってていいよと言った後、キッチンの方へ消えた。
おとなしく椅子に座って、辺りを見回してみる。落ち着いた部屋だ。けれど所々に女性らしい小物なんかが置いてあったりして、少し意外だった。

コトリ、小さな音を立てて、先輩はテーブルに皿を置いた。
そして向かい側に座る。


「トーストに目玉焼き乗せただけじゃないですかー」
「サラダもあるよ、市販のだけど」
「こういうのは手作りのうちに入らないと思いますー」
「うるさい早く食え馬鹿」


先輩はいただきますと言った後、自分の分を食べ始めた。

本当はシリアルに牛乳ぶっかけて、はいこれが私が作った料理です。とか言われるかと思ってた。
それに比べれば大分手作り感があるけれど。なんて言ったら蹴飛ばされそうなので黙っておこうと思う。


「いただきますー」


あれ、思ったより美味しい、かも?
いや違う、きっと自分で思っていたよりお腹が空いていたんだろう。空腹は最高の調味料って言うし。


でもやっぱり美味しくて、完食した後になんだか負けた気分になった。


「美味しかった?」


部屋を出る直前、先輩はそう尋ねてきた。にっこりと笑顔を浮かべながら。


「美味しかったですけどー、やっぱりあんなの料理のうちに入らないと思いますー」
「じゃあ次はベーコンもつけてあげるよ」
「あんまり変わらないじゃないですかー、それ。 普通にパスタとか作ってくださいよー」
「えー……気が向いたらね」
「期待しないで待ってますー」


はいはい、じゃあねお休み。なんて、先輩は適当に返事をして扉を閉めた。
彼女はこのあとどうするのか。あの人の事だから、きっと二度寝でもするんだろう。
あー、どうせならあのトースト、写真に撮って置けばよかった。そんなことを考えながら、廊下を歩く。
なんだかんだで、先輩の気が向く日を今から楽しみにしていたりするのだ。





*





フランを部屋から出して、片付けを終えた後、何もすることがなくなった私は二度寝でもしようと再びベッドに潜り込んだ。
ひんやりとしたふかふかの布団が、じわじわと温かくなっていくこの時間が好きだ。

うとうとしながら、さっきの出来事を思い出す。
もともと、誰かと一緒に食事をしたかった訳ではない。たまたまパンが二枚余っていただけ。空腹が我慢できなくなるまでに、誰も廊下を通らなければ一人で食べるつもりだった。

一番最初に廊下を通るのがフランだったらいいなあ、とは、ほんの少しだけ考えたりもしたけど。

そういえばあの馬鹿、文句ばっかり言ってたくせに綺麗に食べてたなぁ。
また今度何か作ってあげよう。パスタとかっていってたからパスタでいいよね。まあそれも、私が気が向いたらの話だけど。
でも「作ってくださいよー」なんて、あのやる気のない声で言われたりしたらどうだろう、そんな気全然なくても作っちゃうかも。



*121013

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