仕事柄、夜型の生活をしていることが多い。

その日も例外ではなく、机で書類に向かっていた。
時計が示すは午前四時。まだ外は薄暗いし、部屋の中も少し肌寒い。


コンコン、


ノック音が聞こえたかと思った次の瞬間には扉が開いた。突然の来客に驚く暇もない。
返事も聞かずに部屋に入ってくるのなら、ノックをする意味はどこにあるのか。


「スクアーロー来たよー」


間延びした、聞きなれた声。
別にオレはコイツを呼んじゃいねぇ。何故オレの部屋に来たのかと心底疑問に思う。
が、相手が相手なので何も言うまい。どうせ気まぐれに来てみただけに決まっている。用事など有りはしないのだ。

は分厚い本を両手で抱える様にして持っていた。
どう見たってゆっくりしていく気満々じゃねーか。

遠慮のない足取りでにこちらに近づいてくるに、一応、なんの用だと問いかけてみれば、暇だからと短く返された。
こっちは仕事中だというのにお構い無しか。やはりこの女は何も考えてはいない。

だが、コイツはこうして人の部屋にズカズカと上がり込んでくるものの、あまり仕事の邪魔はしてこない。
仕事嫌いのにとって、仕事が増える事が一番嫌だからだろう。と、オレは勝手に考えている。

その証拠に、はこの日もオレの座るデスクの前を素通りし、ベッドにダイブした。
そうしてそのまま、持ってきていた本を開いて、ごろごろと退屈そうに読み始める。
時折、壁に掛かった時計を確認しつつ。






*






仕事に一区切りがついたところで、丁度も本を閉じた。
は上体を起こして、伸びをする。限界まで伸びた後、そのまま後ろに倒れた。なんだ、結局また寝るのか。

オレはイスから立ち上がりベッドに近づいて、その淵に腰掛けた。
はじっと天井を見つめている。


「私さー」


天井を見つめたまま、が話を切り出した。


「明日死ぬんだー」
「……何言ってやがる」


は時々、突拍子もないことを言う。
発された言葉は決して重くはなかったが、あからさまな冗談ではなかった。
オレはこういった時、本気なのか冗談なのか判断に困り、結局、当たり障りのない返事しかできない。
この瞬間だってそうだった。

落ちた沈黙が、当たりの空気を少しずつ凍らせていく。


「って、言ったらどうする?」
「…………はぁ?」


凍りかけていた空気は一気に溶かされた。先程よりも、ぐっと明るさの増したの声によって。オレの不安を晴らす様な声。
は仰向けからうつ伏せの状態に寝返りを打って、ベッドに頬杖をついた。


「もしもの話だってば」
「くだらねぇ」
「でも今、ちょっと本気で焦ってたでしょ」


そう言って、にっこりと勝ち誇ったように笑う。楽しげに小さく緩やかに足をゆらす。
オレが何を言い返そうか考える暇もなく、は言葉を紡ぐ。


「死んだらアンタの背後霊になって、たくさん迷惑かけてあげるね」


……笑顔でなんつー事を言っているんだこの女は。
そして何故こんなにも嬉しそうなのか。

ベッドについたオレの右手に、は自分の右手を重ねてきた。
酷く、酷く冷たい手だ。
グローブ越しにでもそれが分かる。

はオレの指をいじくって遊び始めた。
オレは、から目を逸らす。


「ざけんなぁ。 さっさと成仏しやがれぇ」
「えーでも、寂しくない?」
「寂しい訳あるかぁ」


ぴたり、指を弄る手が止まる。


「本当に?」
「あぁ」
「なんだ、残念」


ちらりと一瞬だけ見たは俯いていて、表情は分かならかったが、次に発する言葉を考えている様に見えた。


「じゃあ、私が寂しくなったら時々来てもいい?」
「……勝手にしろぉ」
「わかった、そうする」


今までで一番嬉々とした声で、は言った。間違いなく口元に綺麗な弧を携えている筈だ。

は一度オレの手を軽く握って、それから手を離した。
もう指を弄るのには飽きたらしい。
の冷たい手に奪われていた体温が、じんわりと元に戻っていくのを感じる。


落ちた二度目の沈黙。
一度目の沈黙よりも、遥かに気の楽なものだった。そんな中、オレはコイツに聞きたい事があったのだと思い出す。


「おい、お前、」


振り向いた先にの姿はなかった。
代わりに、がこの部屋に持ち込んだ本だけが、ポツンとベッドに寝転がっている。
室内を見回してみても、やはりの姿はない。


もう部屋にはオレ以外誰も、いない。


オレはその事実を冷静に受け入れる事が出来た。実を言うと、最初からなんとなくそんな気はしていたのだ。

の忘れていった本に手を伸ばし、何気なく開く。
一番最初に開いたのは、本の丁度真ん中辺りのページ。細かい字の英語が規則正しく並んでいる。
ペラペラと後ろにめくっていくと、ブックマーカーの挟まれたページにたどり着く。
そのページの左側、下の方にあったシャーペン書きのの言葉が、いかにもらしくて思わず笑ってしまった。





そんな、とある春の夜明け前の話。








背後霊にご注意を♥
(上等だ、かかってきやがれ)






*120513
ちょっと意味わからないお話になってしまった、かも?
フォロワーさんからのリクエストの鮫さんです。鮫さんのお話初めてでお前誰感が否めない。
タイトルに記号はアリだよねうん。
右側にこっそりいるおばけ、スクロールバー動かすとふよふよしているように見える。可愛い。

 

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