私は戦っていた。ほとんど勝ち目のない戦いだ。努力してどうにかなる物ではない。相手は突然こちらを襲ってくる。
しかも、決まって、こちらが集中しなければいけない時にアレは来る。迷惑極まりない。


そう、私は戦っている。眠気と。





  強制リラクゼーション





人間にはよくある話。誰もが、学校、職場、その他様々な場面で、一度は経験したことがあるだろう。
最近は仕事が忙しくて、なんて、ただの言い訳に過ぎない。そもそも、そんなことを言ったって何も変わりはしないのだ。次の休みまではあと2日。
たったの2日だ。明日、明後日と仕事に耐えればあとはもう寝放題。もう少し、あと少し。

しかし残念な事に、私は眠気に負けそうだった。

椅子に座れば船をこぎ、気づくと書類には文字とも言えないひどい文字の羅列。任務中でも眠気は構わず襲ってくる。もう立ちっばなしでも寝れそうな程に。
あぁ、もう、前言撤回。眠いものは眠い。2日後といわず、出来ることならば今すぐにでも寝てしまいたい!
先程の言い訳を引っ張り出してくると、最近は本当に仕事が忙しい。2、4、6……手元にあるスケジュール帳を見て数えれば、なんと15連勤達成。微塵も嬉しくない。
おかげで私は睡眠不足。そのせいで任務でトラブルを起こして始末書を書く羽目に。ただでさえ少ない睡眠時間が更に削られる。悪循環。


「聞いてんのか」
「……すみません」


ボスの低い声が耳の奥に響く。そういえば報告の途中だった。ボスは少し、……かなり機嫌が悪いように見える。幻覚ならいいのに。
ああああ、お願いですからそんなに殺気を出さないでくださいごめんなさい。


「おい」
「はい」
「集中しろ」
「……はい」


ボスのお陰で、少し、目が覚めた。自然と、安堵に似たため息が漏れる。
ボスは向かいのソファに座っている。右手にはグラス。その中にはウイスキー。ボスが好んで飲んでいるもの。真っ昼間からお酒ですか、と言いたい所だけれど言わない。
ふと視線を移動させると、ボスの赤い目がじっと私を見ていた。何事。
目を逸らさずに……否、逸らせずにじっとしていると、やがてボスは飽きたとでもいうようにソファに深く腰掛け直した。指で近くに来るように促されて、それに従いボスに近寄る。


「何でしょう?」
「いつから寝てない」
「……さぁ?」
「そうか」


なにが、「そうか」なのか、私にはよくわからなかったけれど、ボスには分かったみたいだ。流石と言うべきか。
「すごいなぁ」なんて呑気に感心していたら、ぐい、と強く腕を引かれて私はボスの腕の中に、

……腕の中?


「ボス?」
「黙って寝とけ」


何事かと尋ねようとすると、ボスは私の頭を胸板に押し付けてそう言った。
ねぇ、ボス。私まだ仕事が残ってるんです。任務もあるし書類だってまだたくさんあって、
……さっきは今すぐにでも寝たい、なんて考えましたけど、実際にはまだ寝るわけにはいかないんですよ。

でもそこは、 ボスの匂いと温もりに包まれて、とてもとても心地よくて。

その後のことは、あまり覚えていない。
ただ明確なのは、残念なことに、私は眠気に負けてしまったということ。








起きると外はまだ……というより最後に見たより明るくなっていて、昼から次の朝まで寝ていたんだと理解した。
ボスの胸の中にいた筈の私は、今は大きくて柔らかいベッドの上。隣ではボスが規則正しい寝息をたてていて。
まだ眠気の残る頭でゆるやかに残りの仕事の事を考えながらも、私は、この温かい布団からでられずにいる。あぁ、ボス、せめて貴方の目が覚めるまで、このままで、



 
 
 
 

*120201

眠かったの。私が。
ボスって本当は結構優しい人なんじゃないかと思う。

 

 

 

 

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